Written by Suzuki on Date : 2005.3.28

こちらは、ラルク曲のプロモーションビデオ(PV)の独善的レビューです。
メチャクチャ気に入ったPVがリリースされたりした時などに、突発的に書き殴ります。

まずはこちらをご覧いただきたい。

空に近い天高い塔の最上
遥か遠い地平線まで見下ろせる場所なのに 外壁がそれを許さない
塞がれた天空の舞台
意思のない演奏
響かない音色
暗雲に覆われる石塔

水の中でしか生きられない魚
視界を遮るものなど何も無いのに 透明の囲いがそれを許さない
取り残された天空の舞台
動かない少年
水圧に抑される金魚
見えない力に縛られる石塔

闇から生まれる命
光を目指し上り詰める4つの魂
全てを清算する為 自らが光となるべく道へ

重圧の中を もがく
鉄柵の中で あがく

徐々に動き始めたそれぞれの命が光を帯びて上昇してゆく

昇り出した身体は止まらない
浮力を得た身体は止められない

止まらない上昇の中 躊躇(ためら)いが最後に見せた残像

闇から出でた光
魂が吹き込まれた音

そして世界は覚醒する

縛り付けられていた全てのものが放たれる瞬間
光が空間に広がってゆく
乾いた大地を生命が覆ってゆく

頭上から差し込む白
吹き飛んだ暗雲の向こうに広がる青
地上に芽吹く緑
自由を泳ぐ紫

世界が光に解放された時
闇から生まれた命は光の世界に束縛された

上記のものは、鈴木が【New World】のPVから見て取った一連のストーリーだ。
一見『詩(ポエム)』のように見えるが、実際は映像から感じ取った情景を言葉に変換し、箇条書きにまとめただけなので(見やすくする為に、『対になる言葉』等は文字数を揃えたりしているが)、実際に映像と比較しながら見ると順序等もしっかりリンクするはず。

さて、では上記の『箇条書きストーリー』を片手に、本PVを紐解いていこう。

これは多分・・・いや、絶対に「単なるハッピーエンド」などではない。
「全てが覚醒して、新しい世界が始まって、あぁめでたしめでたし・・・」で終わらないのが『ラルクアンシエル』というバンドなのだから。言うなれば、【snow drop】で痛烈に食らった腹黒エンディングパターンだ。
しかしあれから伊達に6年ちょっと経ってない。今回はその腹黒エンディング技法が、さらに巧妙に、さらにダークに、さらに意味深になっているではありませんか!

上記『箇条書きストーリー』中、

「 闇から生まれる命 光を目指し上り詰める4つの魂
  全てを清算する為 自らが光となるべく道へ 」

という部分があるが、この「4つの魂」とは言わずもがなラルクメンバーの登場を指している。
そして、この部分こそが今回の腹黒エンディング技法の中枢を担っているのだ。

この4人の存在は『創世神』でもなければ『救世主』でもない。
“創世神” や “救世主” といった存在は、前提として『唯一、たった一人』というのが通例だ。
そんな存在が何人もいたら有り難味が無いばかりか、そういった存在の者が複数共存できるわけがない。
しかし実際にこの4人の存在が荒んだ世界を蘇らせてるわけで、ではこの4人の存在って何だろな?という話になる。

その答えは『闇の落とし子』に他ならない。

もっと言えば、この世界が荒んだ原因を作った張本人に近い。
近い・・・そう、あくまでも張本人ではないのだ。
ここで言う鈴木的『世界荒廃』の根源は、『闇』だ。『虚無』でもいい。4人の存在とは『闇の落とし子』の表現の通り、そんな “闇” や “虚無” の分身・・・もとい、『子供』と称して差し当たり無いだろう。

つまりは、あの4人が実に重い足取りで闇の中から進み出て、天高い石塔の最上階へ向かう理由は、『償い』なのだ。自分達を生み出した存在が犯した過ちの責任を、分身である自分たちが取ろうとしているのである。

そう思うと、最上階へ向かう途中にハイド氏が何とも言えない表情で遠くを見つめている謎も解ける。
決して「よっしゃー!やったるでぇ〜」というような勢いノリノリな表情ではない。どこか思い詰めたような、何か覚悟を決めているような・・・そんな表情。同様に、他のメンバーもこれまた表情はやたらと硬い。暗い。ヤバイ。明らかに「俺たちが世界を救うぜベイベー!」などというテンションではないのだ。

そして極め付けがエンディングである。
冒頭より舞台となっている石塔がとんでもなく高いことは分かるのだが、最後のアウトロのところで、最上階で演奏しているメンバーから徐々にカメラが引いていくと、その最上階と地上との対比(遠近比)が異常に強調されている。「ここまで高かったのか!」と思わずにはいられない。

そんな異常な高さの石塔が意味するもの、それは・・・『隔離』。つまり、『天空の牢獄』だ。
光に覆われた後の世界でもなお、あの石塔だけは一切その概観が変わらない。
縛り付けられて動けずにいた少年や金魚や音色達が光とともに解放された後、入れ替わる形であの場所に残った者たち・・・・・それがあの『闇の落とし子』達。

最後の最後に、生い茂る緑の中を自由に泳ぐ魚の向こうに、チラッと重々しいあの石塔が見えるのがなんとも憎い演出。『解放』と『束縛』の対比がすごく上手い。

『闇の落とし子』達は、自分達があの光の差す天高い場所(最上階)へ行けば、もう二度と降りる事が出来ないことは分かっていたのだ。上昇中に見せたあの硬い表情は、それ故の覚悟の表情に他ならないだろう。

縛り付けられていたものから解放され、光と自由を得た【新世界】を純粋に『ハッピーエンド』とするならそれも良し。
新世界に捧げられた【犠牲】を『バッドエンド』とするも良し。そういう全く対照的な印象のエンディングが用意されているあたりを、鈴木は『腹黒エンディング』と呼びたい(むしろすでに呼んでる)わけだ。

今回このような曲の内容を大きく裏切るようなPVに仕上がったわけは、『読売ジャイアンツ』という巨大なタイアップスポンサーがついて、曲の内容に関してスポンサー側から色々と要望があったようだ。そこで彼らは『曲調』と『歌詞』に関してはスポンサーの意向を汲みつつ、スポンサーの目が届かない『PV』というアイテムで独自の「悪ノリ」というか・・・ブラック要素をこの曲に織り交ぜたんではないかと思う。これまでにも様々な腹黒小細工が仕掛けられた楽曲を世に放ってきた彼らが、こんな完全無欠の『明るい曲』で満足するわけがない。特に共同作曲者として名を連ねてるハイド氏が、これっぽっちも『毒』や『棘』や『影』の無い曲なんぞ作るわけがないのだ。

う〜ん、やっぱりラルクさんの映像作品は秀逸です。