久方ぶりの大作、アルバム【SMILE】の全曲完全レビュー。
全10曲を10日間ブッ通しで連続公開・・・の予定でした。

01. 接吻
02. READY STEADY GO
03. Lover Boy
04. Feeling Fine
05. Time goes on
06. Coming Closer
07. 永遠
08. REVELATION
09. 瞳の住人
10. Spirit dreams inside

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Written by Suzuki on Date : 2004.5.6~31

待ちに待った、3年7ヶ月ぶりのオリジナルフルアルバム!
内、シングルが3曲という絶妙なバランスでもって世に放たれたアルバムには、果たして一体どのような起動音が詰まっているのだろうか?その音を一曲ずつ、前半・後半に分けてブッた斬りしていきます。

01 : 接吻

「せっぷん」と書いて「くちづけ」と読むらしい本曲は、作曲者ケン氏によって「3年以上前の【Spirit dreams inside】の時にすでに音源が出来ていた」と各所でコメントされていたが、活動休止に至った3年前と今現在とを繋ぐ『音』として、めでたくアルバム【SMILE】の一曲目に収録された。
以前日記で本曲を「すごくヘヴンリーな曲」と称した鈴木だが、これだけポップなアルバム【SMILE】の冒頭を飾る曲として選出されたこの【接吻】が、ただ単にハッピーでは終わらないワケは、恐らく音源が誕生した3年前の『影』を多少なりとも含んでいるからだろうか。
そう、この曲は『ヘヴンリー』ではあるが、決して『ハッピー』ではないと思う。

では、音の詳細に触れてみよう。

この曲の持つ『二面性』は、ハッキリ言って次元を超えている

まずは、イントロからサビまでのメロディと、本サビのメロディ。
この2つを切り取って、別々のモノとして聞いてみよう。とても、同じ曲に存在するメロディラインとは思えない。AメロBメロに響くドラムとベースのゴリゴリドンドン重低音。このリズム隊が刻む重いビートのおかげで、前半に響くサウンドには否が応にも『閉塞感』が付きまとう。歪みのエフェクターをかけまくったようなヒステリックなギター。

そんなヘヴィーなサウンドを経て辿り着いたサビは、と言うと?

まさしく『浮遊感』である。重く地面に縛り付けられていたようなメロディが一転するのだ。

・・・というのは、本曲【接吻】のレビューであって【接吻】のレビューではない。上記の文章に見覚えのある方もいるだろう。そう、上記の文章は過去に【HEAVEN'S DRIVE】のレビューで書き綴った文章なのだ。
この【接吻】という曲の持つ『二面性』は、非常に【HEAVEN'S DRIVE】を髣髴させるモノ があるのだが、そこはあくまでも『似て非なるもの』。【接吻】の持つ『二面性』が明らかに【HEAVEN'S DRIVE】とは一線を画してる理由、それは・・・

境界の曖昧さ

である。
『明らかな二面性』を持つ【HEAVEN'S DRIVE】に対し、【接吻】には『曖昧な二面性』が滲んでいる。
サビ以外のAメロBメロが共通して閉塞的だった【HEAVEN'S DRIVE】に比べて、【接吻】はAメロのみが閉塞的に、Bメロを中継してサビへと開放的に向かう・・・というように、断続的に変化しているのだ。そんな曲の編成とともに、この曲には全体的に分厚く重ねられたストリングスやシンセサイザー等の『作られた音』がふんだんに盛り込まれ、
それがまた更なる作り物めいた『曖昧さ』を醸し出している。

その徹底的な『曖昧さ』によって表現されているイメージが『非現実感』だ。
また、歌詞中に登場する一文が、そんな『非現実感』をさらに決定的なものにする。

「世界は溶け合う色・・・夢の先に導いて」

『現実』とは対照的な位置にある、『非現実』の世界・・・『夢』
本曲に漂うその『非現実感』とは、決してアンダーグラウンドなものではない。
言い換えれば『未だ見ぬ世界』・・・つまり『未来』 のようなイメージなのだ。

前作のアルバムタイトルが【REAL】『現実』
冒頭はリアルで閉塞的な音で始まり、最終的に曖昧で開放的な音になる【接吻】

あえて過去の『影』が滲む音源をチョイスし、それを逆手に取って効果的に生かすことによって、まさに音源的、ポジション的、イメージ的・・・その全てを総合して『過去』と『未来』を繋ぐ曲へと仕上がっているのだ。
実に本曲以降の後続曲たちへの期待が膨らむ一曲である。

ここ数年リリースされたアルバムの一曲目が連続して全てダークでヘヴィーな曲調のものが収録されていたのに対して、今回この【接吻】という曲がアルバム【SMILE】の一曲目に収録された事から、アルバム【SMILE】が
“L'Arc-en-Ciel”というバンドにとって、何らかの転換期であったことはやはり間違いないだろう。

02 : READY STEADY GO

活動再開第一弾シングル。
この曲の鈴木の初聴きは昨年末の【MステSPライブ】だった。
生で聴いた時はイマイチどんな曲だか分からなかったのだが、そんな中で唯一強く印象に残ったのが「なんかデジタルだな〜」という事。その後、色々なメディアでこの曲は「ストレート」だの「シンプル」だのと評価されていたが、鈴木がそれら以上に真っ先に感じたのはやっぱりこの不自然なまでの『デジタルさ』だったのだ。

確かにギターは同じコードをストロークでもなく、ましてやアルペジオでもなく、ただ勢い良くがむしゃらにカッティングしているし、ベースも『ドンドンドンドン』という同律音のリピートが多く、テツ氏特有の『歌うベース』はあまり見られない。ドラムもいつものユキヒロさんに比べると幾分か同じフレーズのリピートを多く感じるし、ヴォーカルに関しても、恐らくこの音階がハイド氏自らが「好き」と言う『中低音』なのだろう。最も力強く声が出せる音階で、ここからあまり下がることも上がることもない。終始この中低音でグイグイと歌い込んでいる。そういったメンバーが演奏する音を総じた印象は、
確かに『シンプル』であり『ストレート』という言葉がしっくりくる。

数々のライターが、「これだけの実力とキャリアを持ったバンドが、こんなにもシンプルでストレートな曲を作ることに驚いた」というようなコメントをしていたのだが、全くもってごもっとも。だがその評価は裏を返せば『これまでのラルクっぽくない・・・?』とも取れるわけで、今までのイメージが一新されてるような曲なのだ。

そんな異色曲であるはずの本曲【READY STEADY GO】だが、しかし同時にこの曲はこうとも評されていた。

「ラルクらしい曲、ラルクでしか出来ない曲」

全くもってこれまでの評価に反した評価ではないか。
その一番の要因というのが、冒頭で触れた『デジタル加減』ではないかと思う。

約2年半という決して短くないスパンでリリースされた、『復活第一弾』とも言うべきシングルを、バンドのメンバー4人が奏でる音を大事にして、シンプルかつストレートに仕上げる意図はよく分かる。そうされてしかるべきシングルなのだから。しかし、彼らはそんな曲に「これでもか!どうだザマーみやがれ!」というくらい大胆かつふんだんにシンセサイザーやキーボードによるデジタル音を注入してきたのだ。

 『 シンプルな骨格 』
 『 極上の演奏 』
 『 大胆でユニークなアレンジ 』

これこそが、“L'Arc-en-Ciel”というバンドが持つ三大色なのだということを改めて認識させられた一曲。
一見ラルクらしからぬ曲にみえて、その実“L'Arc-en-Ciel”というバンドの本質を改めて見せ付ける、
まさに『最新カタログ』


― 余談 ―
また、本曲は作曲者・テツ氏の意向で『パンキッシュ』というイメージのもと、シンプルでストレートでライトでテンポのある曲に仕上がっているわけだが、今の日本のミュージックシーンにある『パンキッシュ』のイメージとどうにも一線を画しているように感じるのは、やはりラルク最大の魅力である『大胆でユニークなアレンジ』によるところが大きい。全てはあのデジタル音群がもたらす『曲の広がり感』が、否が応にも「あぁ・・ラルクさんだなぁ・・・」と思わせられるのだ。

さらにもうひとつ。
アルバム【SMILE】の中で一番ハイド氏が意識して書いた歌詞が、この曲だったのではなかろうか。
『活動再開第一弾シングル』というのも手伝っていたのだろう、どうにもこの曲の歌詞は力(りき)んでいるように感じる。もっと言えば、あまり『ハイドくささ』を感じないのだ。アルバム全体を通して聴くと、さらにその印象が強くなる。HYDEのソロアルバム【666】と比べるとその差は歴然で、恐らくソロとの区別をつける意味で意図的に己の強烈な気配を抑える工夫をしたのだろう。
これもひとえにソロ活動の賜物と言うべきだろうか・・・。


― 追記 ―
鈴木が本曲の『ラルクらしさ』の最たる要因として述べている『大胆でユニークなアレンジ』
その代表として『デジタル音群』を挙げたわけだが、本コラムを書き記しただいぶ後・・・つまりごく最近、もっとも鈴木が「デジタルくさ〜」と思っていた音がシンセやキーボード等のデジタル機器による音ではないことに気付いた。

その音とは、前奏の 「♪READY STEADY CAN'T HOLD ME BACK〜」というハイド氏のイントロの後に響く「チャンチャンチャ〜 チャンチャッチャチャッチャ」というような細かい刻みの音。
鈴木はてっきりシンセサイザーの音だと思い込んでいたのだが、よくよく聴いてみるとアレ・・・

木琴の音じゃないか。

デジタル音を上回る『大胆でユニークなアレンジ』ぶりに改めて感嘆。
『ストレート』で『シンプル』が合言葉の楽曲に、『木琴』という要素を加える判断をした彼らはスゴイ。

03 : Lover Boy

ラルクでは初のケン氏・作詞作曲による本曲。
誰が聴いても恐らく初聴きの印象は「ソープくさっ!」だと思うが、鈴木も例に漏れず「ソープくさっ!」と思った。いや、ちょっとそれでは語弊があるな。『ソープっぽい』というよりは、『いかにもソープのケンちゃんが作った曲っぽい』という感じか。演奏やアレンジはさすが毎度のことながら『ラルクっぽい』以外の何モノでもないのだが、いかんせん『骨格』はやはりどうしても『SOAPをやってるケンちゃん』なのだ。
そんなクセのありまくる曲を、大真面目にラルクでやってるのが面白い。

さて、曲の詳細をみていこう。

まず特筆すべきは何はさて置き『ギター』である。
ケン氏も自ら「間違っちゃった感じが欲しかった」とコメントしていたが、もうこのギターの位置は間違ってるなんてもんじゃない。初めて【SMILE】を通しで2〜3回聴いた時、鈴木はこう思った。

「なんでこの曲だけこんなにハイディの声が小せぇんだ?」

それが気のせいなどでは無かった事が、後日続々とラルクさんが登場したメディアにてケン氏が「間違っちゃった感」を語ったことで明らかとなったわけだが、ホント最初はマスタリングが狂ってるのかと思ったくらいだ。とにかくこの曲の表層にあるメインの顔は、ヴォーカルではなくこの『間違っちゃったギター』なのだ。しかもその音は全くもって曲調を無視してるようにひたすら我が道をいく。落ち着くべきところだろうが、上がるべきところだろうが、そんなモンは関係なしにひたすら掻き鳴らされるギター。

そんな唯我独尊状態のギターが奏でる音に乗せられた歌詞は、これまたひたすら我が道をいくアンモラルな内容であった。どことなく卑猥な・・・というよりは、明らかにエロい歌詞はケン氏の専売特許らしい。
ハイド氏が自らの気配を抑えて書いた前曲【READY STEADY GO】の後続として、この【Lover Boy】が位置しているのが何とも面白い対比ではないか。

それにしても、一見単純そうに見えるこのタイトル【Lover Boy】。
翻訳機で直訳したら『愛人少年』となったが、いざ日本語で見るとすごく違和感がある。『愛人』というアダルティな熟語とは最も縁の遠そうな『少年』という熟語が並列んでいるのだ。さらに辞書で調べてみると、『lover』の意味として一番最初に書かれている単語は確かに『愛人』なのだが、二番目は『情夫』である。

『情夫少年』

うわー!間違っちゃってる感プンプン!
つーか、そんな少年が存在する世界が間違っちゃってるYO!みたいな。

実際は、ケン氏の言葉によると『恋愛依存症の人』『惚れっぽい人』というような意味らしいが。

しかし何よりも『間違っちゃってる感』を生んでいるのは、この曲をハイド氏に歌わせた事だ。
なんかもう・・・『Boy』とか言ってるのがウソくさいくらい生々しい。ドロドロしい。エロエロしい(んな言葉はない)。これがケン氏が歌ってるのだとしたら、もう少し可愛いものになっていたと思う。それが百戦錬磨のいい感じに年季の入ったハイド氏が歌うもんだから・・・初聴きの時ビックリしちゃったじゃないの。それでも、この曲のハイド氏の歌い方って、多分多少なりともケン氏を意識したんじゃないだろうか?
デモの段階にケン氏の歌声が入ってたかなんかで、その歌声を真似てる・・・みたいな。
どうにも「♪トゥナァ〜イ(tonight)」の歌い方がケン氏っぽく聴こえてしょうがない。

そしてこの曲、鈴木も大好きではあるのだが、鈴木の中では『あと一歩!』な曲である。
聴く度に悔やんで悔やみまくっている『あと一歩!』な点とは、ラストの変則的なメロディに変わってもう一度繰り返されるサビの所。

「どうして半音上がらなかったんだバカ!!」

と言いたい。
あのラストのサビに入る直前、ハイド氏の歌声が「♪アイム ラバボ〜〜 ォイと、最後の言葉尻が上がる部分。あの音はどう考えても半音階上がる導入音だろう!?と思うのに、繰り返されるオーラスのサビはやっぱりこれまでと同じ音階なのだ。「おぉぉぉ!!」と思わせておいて「・・・あ、あれ?」みたいな。ものすごい落とし方だなコノヤロ。

というのが、この曲が鈴木的ナンバーワン・オブ・スマイルではない理由。

04 : Feeling Fine

どういうわけかアルバム【SMILE】の中で、取り分けてファンの間で人気があるらしい本曲。
まず「まさしくこれぞハイド氏!」な感じの一見爽やかで心地良い切なさの中に、どこか棘や影を含んだお得意の歌詞。そしてラルクでは異色・・・というか、新生ラルクではほぼ初めてかと思われるレベルのポップでキャッチーなメロディ。どうもこの曲について「【the Fourth Avenue Cafe】っぽい」とコメントしてる人を多く目にするんですが、
鈴木的には【賽は投げられた】の方が近く感じるんですがどうでしょうか。

それにしても、この曲の歌詞はえらい『つぎはぎ』な印象を受ける。
ストーリー的にはひとつの話の流れなのだが、一語一語の繋がりがイマイチ薄い。
例えば、Aメロ冒頭の「繋がっていても予感してたから最初から多分」「遠い過去のことさ教えてくれた別れの意味」の2文をゴチャ混ぜにしてみよう。

繋がっていても 教えてくれた 別れの意味
遠い過去のことさ 予感してたから 最初から多分

同様に、「限りなく自由・・・使えないくらい時間は尽きない」「晴れ渡る日々に閉ざしていても自由だけど」も混ぜてみる。

限りなく自由・・・ 閉ざしていても 自由だけど
晴れ渡る日々に 使えないくらい 時間は尽きない

なんというか、至って自然 なのである。
これは文として意味のある言葉ではなく、もうすでに一語一語が単独して強い意味を持った言葉が並んでいるせいだ。数ある歌詞候補ワードをまるでサイコロでも振ってランダムに並べたような、不思議なメッセージ性の歌詞はハイド氏の得意技でもあるようだが、では重要なのは、何故このような小細工をしているのか?

その答えは、『メロディとの相性』にある。

どうもハイド氏はポップでキャッチーな曲ほど、そういった言葉の繋がりの薄い『つぎはぎ』な歌詞を乗せる傾向がある。その最たる例が【snow drop】だ。その逆の最たる例が【forbidden lover】だったり【finale】だったりするわけで、ダークでディープな曲ほど、歌詞には連なった言葉=文章が並び、より強いストーリー性を持つ。つまりハイド氏はダークでディープな曲ほどストーリー性を強くして、その曲にさらなる重力を持たせ、深いグルーブ感を与えているのだ。

ということは、だ。
語句ごとに意味を区切った『つぎはぎ』の歌詞は、逆に重力を軽減し、その曲により一層の軽やかさや爽快さのようなものを生み出す効果となっているわけだ。

なるほど、ラルクの楽曲で『ポップでキャッチー』なモノと、『ダークでディープ』なものと、毎度その振り幅の大きさに驚愕してしまうわけは、素材のメロディにプラスして、歌詞にまでもその相違が見られるからなのか。

ラルクの楽曲とは、いずれも絶妙なバランスによって生み出されているのだということを改めて認識させられる一曲。

05 : Time goes on

ラルクのアルバム恒例のテツ氏・作詞作曲による本曲。
誰が聴いても恐らく初聴きの印象は「テツくさっ!」だと思うが、鈴木も例に漏れず「テツくさっ!」と思った。(←使い回し)

テツ氏といえば、別名『ミラクル★メロディメイカー』な御人(鈴木命名)なわけだが、本曲にもその手腕は遺憾なく発揮されている。まずイントロで響いているシンセの音。本人曰く「可愛らしく」をモットーにして作ったそうだが、全くもって可愛らしい。ビックリするくらいの愛らしさだ。また、まるで足元に広がる白い砂(もちろん星型)のように、細かく延々と敷き詰められた控えめなアコギ。そんな星の砂をゆっくり煽るモンスーンような、とにかく上に下にと歌いまくるベース。歌い手をハイド氏に譲っても、やはりテツ氏作曲の曲はテツ氏自らが『歌っている』曲が多い。なんせ本曲のコーラスは全部テツ氏によるものだ。テッちゃん歌い過ぎだぜ

そして、忘れてはならないのがユキヒロ氏のドラムだ。
最初ユキヒロ氏は打ち込みでいく予定だったところを、テツ氏のリクエストで生ドラムの注入になったとか。
ここで想定してみよう、この曲のドラムが打ち込みによるモノだったとしたら・・・

うわ!とんでもなくメルヘンな世界の誕生だ!

ドラムが生だからこそ、キラキラした星の砂もモンスーンもしっかり地に足のついた音になっているのだ。
もしこれが打ち込みの規則正しい軽〜いドラムだったら、もうそれこそ全てがキラキラフワフワしてしまっていただろう。
さすがは作曲者、テツ氏の意図は『ラルクとして』大正解だったと思う。

そして本曲で最も重要なのがハイド氏のヴォーカルである。
本曲のヴォーカルは、デモテに入っていたテツ氏の歌声をハイド氏なりに真似て歌ったらしい。
その際のポイントはズバリ、『甘い声』だったとか。ここでちょっと鈴木なんかは疑問に思うわけだが、この曲のハイド氏の歌声・・・甘いか?張り上げて力んだ声が多く感じられるのは鈴木だけだろうか?

そんな疑問を抱きつつ、しかし本曲のヴォーカルはこれで良いのだと思う。
何故なら、ハイド氏の『甘い声』ほど『可愛らしい曲』に不似合いな声は無いと思うからだ。
ハイド氏の甘い声というのは、鈴木的なイメージとしてどうしても『生々しい不吉な香り』が付きまとう。
「絶対最後に何かある!」というような、不穏な影を感じるのだ。そんな声で「アルバムに一曲くらい可愛らしい曲を!」と意気込んでテツ氏が作った歌を歌われてみろ、もうテツ氏の努力が水の泡である。

鈴木個人としては、もっと音階を下げた低音でこの【Time goes on】を作ったのも聴いてみたかった気もするのだが(まぁテツ氏がラルクで低音曲を作るとは思えないけど)。そうなれば間違いなくハイド氏の歌声には例の『不吉な甘さ』が増し(ハイド氏は低音ヴォイスほど甘さが増す傾向がある)、曲が進むごとにそれはみるみる不穏分子を産み落としていたことだろう。そして最後の「全ては白い泡のように浮かんで消えた」の部分で、他に類を見ない『喪失感』に襲われるのだ!

本曲コンセプトの『可愛らしく』が、見事に打ち砕かれるだろう

・・・と、まぁ話は逸れたが、とにかく本曲は『tetsuさんグランドスラム達成』という仮タイトルが付いていたに違いない!と思えるほど、ベース・ギター・ドラム・ヴォーカルと全てに関してテツ氏満載な一曲。是非ともパジェロを進呈したい。