06. the Fourth Avenue Cafe
07. Lise and Truth
08. 風にきえないで
09. I Wish
10. Dearest Love
Fare Well

そういえば初の【True】からの選曲。
てか、最初からアルバム一枚ずつ1曲目から聴いていきゃ良かったな・・・とか気付いたのは、この『本日のBGM』を始めてから数週間経ってからのことでした(遅ッ)。
というわけで、今回もご期待を裏切ることなく超ランダム選出なこの曲で。

この曲、鈴木の大〜大〜大〜好きな曲です。(てか全部じゃん、ソレ)
こういうマイナーとメジャーの曲調が交差する曲って、鈴木大好きなんですよ。
どんくらい好きかってーと、ひと昔前に『小室ブーム』っていう、皆さんもご存知の小室ファミリーが売れに売れまくった時代ありましたよね?小室サンの作る曲ってのも、極端なほどこのメジャーとマイナーの交錯が激しいんですが、鈴木は散々叩かれていたあの小室ファミリーの当時稼ぎ頭だった『globe』が好きだったんだぞ、ってくらいそういう変調曲、好きなんです(笑)。ただ、テクノサウンドはあんまし鈴木の肌には合わないらしく長続きはしませんでしたが。

雰囲気がガラッと変わるような転調曲ってのは、一歩間違うと『変な曲』とか言われるわけなんですが、基本的にラルクもそういう二面性を持った曲ってのが多いバンドでして、そこがイイですね。ラルクに数知れずある『明らかな二面性』の曲も完成度高くて、インパクトあって好きなんですけど、この曲みたいな『ほのかに二面性・・?』みたいな曲も聴いてて心地良い。

ラルクって、ピアノとかオケとかのバンド外要素を人一倍上手い具合に取り入れてるバンドだと思うんですよ。
それってのは、ラルクのセンスと知恵と経験の賜物なのか、はたまたラルクを手掛けるプロデューサーの実力なのか・・・どっちもだろうな(笑)。ちなみにこの【Fare Well】のプロデューサーは、あの富樫春生さん(ラルクと10年来の付き合いで、ハイドのソロワークにも加わり、アコースティックライブではピアノ伴奏をしていたオジサン)です。

締めにヒトコト。

「 【Fare Well】は、ラルクとプロデューサーの愛と奇跡の結晶だね 」

Caress of Venus

いまだにタイトルの発音が人によってまちまちだという、面白い曲です。

で、鈴木が初聴きした【True】の中で、一番惚れ込んだ曲です。
ポップでロックなハウスのニューウェーブ風ラブソングって感じで、聴いててほんと飽きない。
鈴木の兄は特別ラルクが好きってわけではないんですが、どうもこの曲は割と気になるらしい。
てゆーか・・・気に障る、なのか(笑)?まぁどっちにしろ、いまだに気になるのは大いに結構なんですが、鈴木と一緒に数年前に初聴きした時から今日現在まで、この曲のことをひたすら「♪君がぁ〜」と呼ぶ(歌う)のはどうなのよ。

鈴木 : 「兄ちゃん、この曲覚えてる?」
兄上 : 「あぁ、『♪君がぁ〜』だろ」

何故にタイトルで呼ばない?つか、なんでわざわざ兄上がハイド君の真似をする!?
あの真似をし続けて、かれこれもう6年くらい経つんだぞ?
しかもその一小節だけだと、けっこう微妙に似てるんだわ(笑)。6年間の修行の賜物だな。

そんなわけで、鈴木の兄上もなにげに実はお気に入り(に違いない)曲。
やっぱりライブでこれやったら盛り上がるよな〜。

Round and Round / All Dead

今回は豪華2本立てでお送りします!

この2曲の繋がり、分かりますでしょうか?
【Round and Round】とは、作詞担当ハイド君いわく【All Dead】の続編曲だそうで。
【All Dead】で「みんな死にやがれ〜」と叫んでいたハイド君は、その2枚後のアルバム【True】3曲目【Round and Round】にて、今度は「オラ〜廻りやがれ〜」と、なんともキチ○イチックな変貌を遂げる。

一見、歌詞からはあんまり続編性は見出せないんですが、この2曲が紛れも無く兄弟曲であるその証は、
ズバリ!・・・その『メロディ』にあった。

この2曲、思えば両方ともハイド氏の作曲なのである。
さらに詳しく聴いてみると、なるほど・・・曲の構成も意外なほど似ているじゃありませんか!!
例えば、出だし&Aメロが刻むリズムで組み立てられてるあたり。両曲ともBメロでメジャーに転調するあたり。
締めがタイトルである言葉のリピートで終わるあたり。

ハイド氏は2曲分に渡って、一体何が言いたかったのか?
この2曲の歌詞に共通して使われている唯一の単語、それは・・・

『痛み』

この感情こそが、ハイド氏作詞においての最重要フィーリングのような気がする。

flower

【flower】と言えば、ラルク史上でも運命的な一曲じゃなかろうか。
言わずもがな、L'Arc-en-Cielはこのシングル【flower】で花開いたと言っても過言ではない。

作詞・作曲ともハイド氏。
ハイド氏曰く、『この曲が売れなきゃオカシイと思ってた』と言い切ったくらい、「えぇ曲出来たで〜」と自信満々に世に放った逸曲である。ラルクの場合、デビュー曲からいきなりタイアップがつくという、今でこそそんなの当たり前的な世の中になっているが、当時はそんな扱いを受けるというのは、それこそ『大物誕生』というくらい破格なコトだったのだ。そしてこのシングル【flower】も例に漏れず、タイアップがついていた。

それがCX系『劇空間プロ野球ニュース』である。

しかもそれはただのタイアップではなかった。何故なら、野球ニュースコーナーであるはずの番組内で、いきなり『お父さんにもわかるL'Arc-en-Ciel講座』という、ラルクの紹介コーナーが設けられたのだから。レギュラー出演していた野球解説者の大御所・別所さんと一緒に写った写真のクリップが用意され、野球一直線の団塊世代のお父さん方に、広くその存在をアピールしたのである。

思えば、その後のラルクが各メディアを駆使してプロモーションを吹っかけるという、あの破天荒な姿勢の片鱗が、すでにこの96年に見えていたのかもしれない。

そして何より、この曲の話題性を掻っ攫ったのが言わずもがな、その『歌詞』であった。
【flower】でラルクの存在を知った人間は、恐らくなんの躊躇いもなくこの曲が受け入れられたであろう。
ラルクにしては・・・と言うより、ハイド氏にしてはそれまで他に類を見ないほど『大衆的』な歌詞だからだ。
分かりやすく言えば、何を歌っているのかすんなりと掴める内容に仕上がっている。

この曲【flower】で何が歌われているのか?

・・・それは切ないまでの片想いである。

が、しかし・・・・・くっくっく。
それはハイド氏による腹黒〜い罠なのだ。あえて分かり易い表現を選び、この曲の表面的な内容をダイレクトにしたハイド氏の空恐ろしい罠だったのだッ!!


(※この先、毎度お馴染み鈴木ワールド全開です。この曲【flower】を殺しかねません)


【flower】の歌詞は、どこを取って見ても一見『片想いソング』にしか見えない。
しかも、意図的に分かりやすい表現が並んでいることによって、片想いの切なさがこれでもか!
いやッまだ足りん!!えぇいッこれでも食らえぇッ!!というくらい伝わってくる。

「♪叶わぬ想いなら せめて枯れたい」

・・・よほど報われない想いらしい。

だがしかし、気付く人は気付いてしまうのである。この曲の真の悲劇に。
そのヒントが、この曲の主人公が持つ『奇妙なユニセックス加減』だ。

主人公はハッキリと『僕』とされているからして、男なのだろう。
男による女への切ない片想い、のハズなのだが。
歌詞は後半になって、邪悪なハイド氏自身の手によって罠が決壊するようになっていた。
その引き金が・・・

「♪早く見つけて 見つけて ここに居るから 起こされるのを待ってるのに」

の一節である。

白雪姫かッ!?

と、思わず推測したくなるのだが・・・それにしてはオカシイ。何かがオカシイ。いや、明らかに間違ってる。
お姫様に起こされるのを待ってる王子様なんて、聞いたことが無いぞ?

そして、不穏な気配はどんどん他の歌詞に伝染していく。

 「想いどおりにならないシナリオは とまどいばかりだけど」
 「今日も会えないから」
 「もう笑えないよ」
 「本当の君は今何をしてるんだろう」
 「僕はきっと君を探してたんだね」
 「夢中で君を追いかけているよ」
 「叶わぬ想いなら せめて枯れたい」

その日の行動の自分的シナリオが思い通りにならないくらいで戸惑うなんて、普通の男にしてはやけに女々しい奴っちゃなぁ〜とは思っていた。夢の中の君に、何か言われたくらいで『もう笑えない』とは、なんとも弱っちょろい奴っちゃなぁ〜とも思っていた。『空っぽの鳥篭』を持って君を探してたなんて、まるでちょっとアブナイ人じゃないか!とも思っていた。

とにかくこの主人公、行動の全てが常軌を逸した切羽詰り振りなのだ。

そして、そんな疑問は例の不穏な一節に全て起因する。
何故なら、すでに想い人の『君』はこの世の人じゃなかったのだから。

とすれば、王子様がお姫様に起こされるなどという不可解現象は、暗に『あの世から僕をお迎えに来る君』というコトに他ならないわけで。やけに切羽詰った主人公も、想い人がすでにこの世の人ではないとすれば、妙に合点のいく行動っぷりなわけで。なんたって、お迎えに「早く!早く来て!」と言っているくらいだから、この主人公も、もう相当重症なのだろう。恋は盲目とはよく言ったのものだ。

一見どんなに幸福に満ちていようと、甘い切なさに喘いでいようと、やっぱりハイド氏の歌詞はどこか『死』という不穏な空気が潜んでいる。

''good-morning Hide''

【''good-morning Hide''】と言えばラルク史上初の全編英詞ソング。
そして何よりも、あの前ドラマー・sakura氏のリリック(作詞)である。

知らない人も中には居るかと思うのだが、サクラ氏と言えば哲学、哲学と言えばサクラ氏・・というくらい、この人は哲学的な人なのだ。理論的?そんな感じ。それは誰にもある『俺様の哲学』とかいう、個人的なモノを強く持ってるわけではなくて、もっと普遍的な哲学に自分を乗せて取り込んでいくような・・・そんな感じ。そんな人が書くリリックである。もちろん、そこに俗世間溢れる世界観があるワケがない。
・・・と分かっていながら、それにしても難解な歌詞だ。

有り難いことに、この曲の歌詞はアルバム【True】のブックレットに英詞・日本語詞の双方が載っているので、もちろん歌詞を『読むこと』は出来るのだが、『解する』のが難しい。だがしかし、ここはこじ付け大好き鈴木さんのサイトなわけで、ハチャメチャ分析が売りでもあるのでとりあえず歌詞から箸を進めてみよう。

まずタイトル、【''good-morning Hide''】・・・・・・・・・・・・・・・妙である。
グッモーニンはいいとして、問題の『Hide』という単語。
構文からして名詞なのだが、この単語の名詞形の意味は『隠れ場所』らしい。(学生御用達の英和辞典『GENIUS』より)

この歌詞、全編に渡って読み進めていくと、どうも「とある事態」を故意に隠している感が否めない。
わざと言わないようにしているのだ。それは『その様な』であったり、『ある付加価値』であったり、『こうすれば』であったり、とにかくやたらと指示語が多い。思わずだからそれって一体何なの!?とツッコミたくなるのもしかり。

と、何やら重要な事態がことごとこ隠されていることが分かったので、次はその隠された事態の推測である。

まず引っ掛かるのは、歌詞中やたらと出てくる『景色』という単語。
これが単なる風景を指しているのではないことは、『僕と君は一緒』で、『その他の彼等とは違う』らしいことからなんとなく伺える。むしろここで繰り返し言われている『景色』とは、何かの『思想』に近いだろう。

目に見えないが、誰しも頭に思い描き、行動となって顕れる原動のようなモノ。

と、ここで『原動』という言葉が出てきたことによって、次のキーワードに繋がる。
次のキーワードとは、歌詞中たった一度しか出てこないが異常な存在感を放つ『初期衝動』という単語である。

ハイド氏のソロ活動を追っかけていた人は、この言葉を幾度か耳にしたのではなかろうか。
そう、この『初期衝動』という言葉は、繰り返しハイド氏が「ロックとは?」というインタビュアーの質問に答えていた、
非っ常〜に抽象的な言葉でもある。

さてさて、ここで『ロック』という言葉が出てきたことによって、これまた次のステップに繋がる。
次に注目すべきは、この曲のサウンドである。

【''good-morning Hide''】のサウンド。作曲者はこれまたハイド氏ときた。多分、この曲調はハイド氏のバンド的得意分野と言っても良いんじゃなかろうか。あまり音楽を分野分けするのは好きじゃないのだが、流れ上この曲を分野分けすれば間違ってもこの曲を聴いてバラードと言う人は居ないだろうし、ジャズでもない。ポップミュージックでもなければ、ハワイアンでもないし、ハウスでもない。やはり一番言い得てるのは『ロック調』であろう。

えーと、ここまでなんか「オメェにしか分かんねぇよ」って感じで点々と布石を散りばめてきた感じですが、
キーワードをまとめると・・・

 『思想』
 『原動』
 『ロック』

いずれも歌詞中には出てこない単語ですが、上記分析から出てきた単語ですね。
つまり、この曲は『僕』と『君』という、一見ラブソングにありがちな登場人物が用意されてますが、決してラブソングなどではなく、恐らくサクラ氏から見た【フィールド世界】なんではなかろうか、と。

【フィールド世界】ってなんじゃろか?と言いますと、フィールドとは日本語で『畑』。
行動範囲や担当分野が違うことを「畑違い」と言いますが、『畑』が意味するモノとは『自分の領域』のこと。
日本人の大人がこの言葉を使う際に最も適した場面は、『仕事場』だろう。

というわけで、【サクラ氏のフィールド世界=音楽業界】に他ならないわけだ。

ともすれば、もういっちょ気になる歌詞。
これまた繰り返し幾度か登場する『朝』と『夜』という歌詞も、なんとなくその正体が掴める。

「目覚めた時から今なお続いている朝」というのは、音楽をやっている今の自分の世界であり、
「今の僕には必要ない」と言い切っている『夜』とは、音楽をやらない自分の世界のこと。

と、す・る・と。
あらあらあら、なんだかどうしてもデンジャラスな方向に向かってしまうのですが・・・

えーと、「今の君に夜は必要ない」という歌詞から、もうひとりの重要な登場人物である『君』というのも、サクラ氏と同じ朝の中に居る人・・・えーとつまり、『同じように音楽をやってる人物』に他ならないわけで。さらにその人とは「僕と君との見る方向は一緒だから」という歌詞から、一緒の方向=同じ景色=『同じ思想を持って音楽をやっている人物』に他ならないわけで。だがしかし、ここにきてどうもサクラ氏はその人がちょっと理解しきれてなかったようで、ついに『隠れ場所』に手を出してしまったようで・・・

あらッあらッあらッあらッ!

10月イッピからとんでもないレビューしちゃってるよ〜、コレ。独善度満開ですね。

まぁ、その『君』ってのは誰なのよ?とか、『隠れ場所』ってナニよ?とか、言葉にするのは非常に勇気のいることなので、読んだ方のご想像にお任せします。とは言え、全ては鈴木のこじ付けから出るフィクション話ですのでそこんトコよろしく。

Dearest Love

アルバム【True】の最後を飾る壮大なバラードナンバー。
49分45秒間の音の旅路の最後を、ラルク特有の壮大で美しいバラードナンバーで締めくくることがこんなにも心地良い『余韻』を残してくれるのだと気付かされた曲。それはラルクのメンバー達本人にとっても同じだっただろう。
今ではL'Arc-en-Cielのアルバムで王道的アルバム締めくくりになった壮大なバラード曲は、この試験的アルバム【True】から生まれた流れとも言える。

言わずもがな、この曲の作曲者はリーダー・テツ氏。
今では『ラルクのバラード曲にテツありき』と言わしめるに至ってるテツ氏だが、ここまでストリングスをフィーチャーした本格派バラード曲は、この曲が初めてだった。

だがしかし。
この曲には、バラード曲に有りがちな『穏やかさ』は一切無い。
有るのはひたすら掻き狂うギターと、珍しいほど重低音に徹した音数の多いベース、シンバルを多用した騒ぐドラム。そして何より、シャウト寸前の胸を掻き毟るような力強いヴォーカルが印象的だ。
バラード曲とは程遠いそれらの演奏が、ソフトなストリングスに乗って意外なほどの『激しさ』を露にする。

そんな相反する両極端の演奏と共に紡がれる歌詞。
そこで歌われていたのは、【Dearest Love】というタイトルからはおよそ想像しない痛いほどの苦しさだった。

美しいストリングスやオーケストラと、激しく騒ぎ立てる演奏。
【最も愛しい愛】と銘打ちながら、崩れ去った想いを歌う歌詞。

この曲は、そんなラルク特有の『二面性』を存分に含んでいる。
そんなブリリアンカットのような多角面な音楽が、こうしてしっかりとした一曲となって完成しているのは、ひとえにこの曲のプロデューサー・富樫氏との相性の良さであろう。

さてここで、是非ともここで 【Fare Well】 のレビューを読み返していただきたい。

やはり、ラルクと富樫氏の相性は抜群である。

それと、この曲で何より特筆すべくは『falsetto vocal』としてクレジットされている、テツ氏のファルセット・ヴォイスであろう。ラストの『♪はぁ〜あ〜あぁ〜』との音・・・・・そう、音。

最初、鈴木はあの音がまさか『声』だとは思わなかった。シンセか何かの演奏音だろう、と。だがしかし、アレは紛れも無く『声音』であり、それはファルセット使いのヴォーカルことハイド氏ではなく、紛れも無くテツ氏の歌声でだったのだから、驚きはひとしおだ。

ちなみに鈴木の声帯は、あのコーラスの音階・・・・・・・・・・出ません。